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陽の光が降り注ぐ美しい庭園に、三人の男女が優雅にお茶を口にしていた。 香り高い紅茶に思わず笑みを浮かべ、紫の髪の女性はカップをソーサーに戻した。 「それで、結局はどうなるのだ?」 女性は目の前に座る黒髪の少年に目を向けた。 「当初の予定通りクロヴィス兄上が99代皇帝となります。それとも姉上がなりますか?」 首を傾げながらそう尋ねると、金髪の青年はぱあっと明るい表情で頷いた。 「そうだ、それがいい。是非姉上が皇帝に!」 「いや、私には無理だ。私としてはルルーシュをと、思っていたのだが・・・」 そのために、クーデターを計画していたのだ。「どうしても駄目なのか?」と聞いてくるコーネリアに、ルルーシュは困ったように笑みを浮かべた。 あの時まで、まさかこの姉まで記憶を持っているとは思わなかった。 記憶を持っていた姉は、ロイドのカマかけにも動じず、じっと息を潜めていたのだ。 必ず皇帝は日本に攻め込む。 その時が好機。 同じく記憶を持っていたギルフォードと共に、ダールトンとグラストンナイツを説得した。軍に席を置いていたことで、兵の中に未来の記憶を持つものも解り、ルルーシュを恨む彼らには真実も含め全て話して説得し、水面下で味方を増やし続けていた。 戦争のない平和な世界を知っている。 その世界を生み出すことが、どれほど難しい物かも知っている。 だが、争いのない世界がどれほど素晴らしい物かもまた知ったのだ。 だからこそ、その世界を生み出し、維持する力を持つルルーシュを皇帝に。 あの子が皇帝となれば、植民地を開放し、あの時代のような世界を生み出すだろう。 今度は悪逆皇帝としてではなく、賢帝として。 そして、正義を名乗り、自らの存在を殺し、壊れていった男もまた、壊れること無く人として生きる事が出来るだろう。 賢帝の騎士として。 その世界を夢見て、牙を隠し、爪を研ぎ続けた。 まさかルルーシュたちも記憶を持っており、あの時代と同じKMFを作り、完膚なきまでにブリタニアを打ち倒すなど思ってはいなかったのだ。 知っていれば、お互いにもっと簡単に事が進んだだっただろうに。 コーネリアは苦笑しながら、ルルーシュを見た。 「私には無理です。皇帝など柄ではありません」 「そんなことはない。お前が残した政策は見事としか言いようはなかった」 お前の描いた平和な世界は素晴らしい物だったよ。 まるで聖母のような、穏やかで慈愛に溢れた笑みでコーネリアは告げた。 あの時代で2児の母となったため、性格が丸くなったのかもしれない。 「それに、もう私は選びましたから」 変更するつもりはありません。 クロヴィスとコーネリアは困ったように顔を見合わせた。 「どうにもならないのか?」 「私達もできることは協力しよう」 「有難う御座います。ですがもう決めましたから」 ルルーシュはカップを傾け、紅茶を口に含んだ。 「ならば、ジェレミアは連れて行きなさい。いいね」 すでに結論をらした以上、ルルーシュは絶対に引かないだろう。クロヴィスは説得を諦め、これだけは聞きなさいと言ったが、ルルーシュは首を横に振った。 「ジェレミアは元々兄上の騎士です。お返しいたします」 「ルルーシュ、ジェレミアはお前に忠誠を誓っている。私ではない」 あの忠義の男の忠誠心に偽りはない。 今はただ一人、ルルーシュだけに忠誠を誓っていた。 クロヴィスに、シャルルに誓っていた忠誠など足元に及ばないほどの忠誠を。 「ジェレミアが私に仕えていたのは、マリアンヌ皇妃の息子だからです。・・・兄上、ジェレミアは優秀です」 「それは知っているが・・・」 「兄上には不要というならばナナリーに。あの子もマリアンヌ皇妃の娘ですから」 「ジェレミアは何もその理由だけで、お前に仕えたわけではないのだよ」 お前がお前だからこそ、ジェレミアはお前を生涯の主と選んだのだよ。 最初はマリアンヌ皇妃が理由だったとしても、今は違う。 必死に説明するクロヴィスに、ルルーシュは苦笑した。 「・・・もしそうだとすれば、あれほどの男に認められたことになる。それは光栄な話ですが、連れてはいけませんので」 拒絶の意思を示すルルーシュに、兄と姉は小さく息を吐いた。 「枢木はどうするつもりだ?」 コーネリアはその名を口にすると、すっと視線を遠くに向けた。 そこにはユーフェミアと、スザクが仲睦まじくベンチに座り談笑していた。 ルルーシュもまた眩しいものを見るかのように、すっと柔らかく目を細め、その様子を嬉しそうに見つめていた。 「当然、置いていきます。連れて行く理由はありません」 「だが、枢木はお前の騎士ではないか。お前の唯一の騎士だっただろう」 「違いますよ。あれは契約上のものです。ユフィの仇を討ちたいと願うスザクに、この命を討たせる条件として、私の騎士を演じてもらったのです。スザクはずっとユフィの騎士でした。ですから姉上、今度は反対せず、スザクをユフィの騎士にしてください」 穏やかな表情でそう言われてしまえば、否とは言えない。 本当に夢のようだと、ルルーシュは愛しむように二人を見つめた。 あの日、ルルーシュがブリタニアへ向かったことを知ったスザクとカレンは戦線を離れこの地へ来た。その時にはもうすべてが終わっていたのだが、無事な姿を見るまでスザクとカレンは、ルルーシュが無茶をして怪我でもしていないか、また自殺まがいの事をしているのではと、生きた心地はしなかった。KMFから降りたルルーシュに二人が説教をしていたとき、コーネリアがユーフェミアを連れてやってきた。 ユーフェミアもまた記憶を持っていて、その目に涙をためながら、スザクを見ていた。 スザクもまた呆然とユーフェミアを見、それ以降こうして二人は共にいた。 ユーフェミアがスザクの名を呼び、スザクはそれに従い共にいる。 そう、これが本来の姿なのだ。 連れてなど行けない。 願わくはナナリーの騎士にと思いはしたが、仕方が無い。 ルルーシュは紅茶を飲み終えると、車椅子を少し下げた。 「もう行くのかい?まだいいじゃないか」 「そうだ、そう急がなくてもいいだろう?しばらくこの地に留まってもいいのだし、何より枢木とユフィに別れの挨拶もしていないじゃないか」 「あの二人に話せば五月蝿く言われることは目に見えています。私は聞きたくありませんので、詳しい説明はお二人にお任せします」 そういうと、ルルーシュはゆっくりと立ち上がる。 兄と姉が驚き目を見開く姿を視界に入れながら、ルルーシュは口元に笑みを浮かべ、自分の足でしっかりとその場に立った。 「・・・た、立てるのかい!?いつの間に?」 驚きのあまり思わず声が裏返った。 「足はまだだと聞いていたぞ!?」 コーネリアは思わず立ち上がると、ルルーシュに近づいた。 「リハビリはしていたんですよ。立てるようになったのは2年ほど前です。もう、走ることも出来ますよ」 にっこり笑いながらルルーシュは告げた。 兄と姉はぽかんと口を開けているので、それがおかしいと言いたげに笑った。 まるで悪戯が成功した子供のような、楽しげな笑顔だった。 「な、何で教えてくれなかったんだい!?」 「そうですね。車椅子の方が油断してくれますから」 ルルーシュの視線は、笑顔で話をしているスザクに向いた。 ・・・さようなら、スザク。 心の中で別れの言葉を告げると、すぐに視線をそらし、人の悪い笑みを浮かべた。 「では御機嫌よう。また、いつかお会いしましょう」 ルルーシュは傷ひとつ無い美しい顔に笑みを浮かべ、その場を立ち去った。 その姿が消えるまで、姉と兄はその背を見つめていた。 「・・・やられたな」 「・・・やられましたね」 二人は嘆息し、再び椅子に腰を下ろした。 残された車椅子に思わず視線を向ける。 顔の傷も腕の傷も先日最後の手術を行い、綺麗に消えたことを喜んだばかりだというのに、最後に残っていた足の障害は既に克服していたとは。 これは完全に予定外の事だった。 「まあいい。魔女と連絡は取れるから、問題はないだろう」 ピザをエサに契約は済ませている。 「そうですね。では私は、無能と言われないよう頑張りましょう。なにせ再会してから、私の先生はルルーシュですからね。私が無能と言われるということは、ルルーシュが無能と言われるのと同意ですから」 その通りだと、コーネリアは笑った。 あの頃とは違う。 死という別れではない。 だから、無理に引き止めることはせず、あの弟には自由に生きてもらおう。 暫くの間は。 「姉上の計画に変更は?」 「愚問だな、この程度で揺らぐようなものではない」 穏やかに笑い合いながら、二人は既に冷めた紅茶を口にした。 |